アンネのバラを植樹

 川口地区の「働く婦人の家」敷地内にある「園井惠子」像を囲むツツジ。

その前面左右に、川口小学校児童5、6年生により「アンネのバラ」が左右3本、合計6本植樹されました。

アンネのバラ



川口小の児童の皆さんは、郷土史の勉強にも一生懸命取り組んでいます。
その中で川口にゆかりの深い「園井惠子」さんの生い立ちから、不幸な生涯を閉じるまでの人生についても、しっかりと学んできた様です。

「戦争の犠牲となった二人から命の尊さを学びました。生きている今、平和な暮らしを大切にしたい」
6年 佐藤 瑞帆さん

今回「園井恵子没後 65 年追悼企画」の中の記念行事として、広島県福山市の「ホロコースト記念館」から譲り受けた「アンネのバラ」を平和への願いを込め、川口小の児童たちが中心となり植樹に協力いただきました。

アンネのバラ



ホロコーストとは
ギリシャ語にその語源を持ち、「全焼のいけにえ」を意味していましたが、時代と共に、大規模な破壊、殺人をあらわすことばとして用いられました。第2次世界大戦後、ナチス・ドイツ(1933-1945)によるユダヤ人や他民族への破壊、大量殺人を意味することばとして用いられ、今日では、主にユダヤ人(600万人)への大量虐殺を表現することばとして、一般化しています。

ユダヤ人への大量虐殺が起きたのは、50年前のことです。
人々を差別したり、虐殺したりする事件が、今も世界中で起きています。
ホロコーストの中を生き延びた人々が減っている今、この悲劇が二度と起きないように、その歴史を学ぶことは、とても大切なことではないでしょうか?

広島県福山市の「ホロコースト記念館」では、オットー・フランク(アンネ・フランクの父)から寄贈されたアンネ・フランクの形見のバラを接ぎ木で増やし、平和を伝える「平和の象徴のバラ」としてホロコーストについて学びたいと願われる学校などの団体に贈呈しています。

アンネのバラ



記念事業の一貫として委員の「高橋幸子(たかはしこうこ)]さんが代表として譲り受け、岩手まで大切に持ち帰りました。

岩手町川口(旧川口村)で幼少期を過ごし、宝塚歌劇団で活躍した園井恵子の没後 65 年に当たる今年、平和の恩恵を受けて暮らす現代日本の私たちは、大女優の道を期待されつつも広島原爆に散った園井恵子の類稀なる足跡や人生を辿り、後世に伝えて行く責務があると思います。
(園井恵子没後 65 年記念イベント実行委員会 委員長 柴田和子)

バラの博士から選定の方法なども伝授を受けた様です。

川口地区の皆さんの協力を得ながら、大切に管理し平和への想いを後世へと伝えていただきたいですね。


イベント|2010年07月5日

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